みなもと太郎『風雲児たち 幕末編 12 (SPコミックス)』リイド社 2008年1月刊

2011年6月に読んだマンガ。

みなもと太郎風雲児たち 幕末編 12 (SPコミックス)』リイド社 2008年1月刊。2011年6月16日読了。

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京都国際マンガミュージアム表智之氏激賞!! 『志士たちが……』

藩の改革を急ぐ島津斉彬たちだが……大河ギャグ、遂に12巻!!

志士たちがキャラとして動き、ギャグを演ずることで、年表からは伝わらない彼らの思いが浮かび上がる。堅苦しいイメージの吉田松陰もボケまくりながら突っ走り、私たちは哄笑とともに彼の一途さに胸打たれるのだ。

新しい力はいつも、整然とでなくドタバタと動き出す。周りの空気を読むだけでは何もできないのだぞ。空気読むより「風雲児たち」を読め。(京都国際マンガミュージアム研究員:表智之

島津斉彬に見出され、お庭番にまで取り立てられた西郷隆盛は、将軍・家定と島津家養女・篤姫の婚儀を取り纏め、天下に名を轟かせる。前後して、新時代へのレールをひいた阿部正弘が若くして没し、堀田正睦が老中首座を引き継ぐ。また、ハリスの元へ奉公していたお吉は、暇をとることになり…そして、アメリカ軍艦ポーツマス号が入港、江戸城内の攘夷論は冷え込み、末端の水戸藩士による暴走は激化。ジョン万次郎箱館へ赴任することとなり…

■目次■

第一章 吉之助、起つ

第二章 一蔵、起つ

第三章 唐人お吉・上

第四章 阿部正弘 没(唐人お吉・下)

第五章 江戸城内外混乱

第六章 琢磨くん、北へ…」

ウィキペディア みなもと太郎

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ウィキペディア 『風雲児たち

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「[潮出版社『月刊少年ワールド』]編集部からの依頼は、幕末の群像を五稜郭陥落まで単行本10巻程度でまとめてほしいというものであったが、幕末の状況はそもそも江戸幕府の成立に根があるとの作者みなもとの判断により、関ヶ原の戦いより執筆を開始」

2001年から『コミック乱』で連載されている歴史大河ギャグ漫画の十二冊目。

表紙カバー絵は島津斉彬西郷隆盛大久保利通

本巻の登場人物は

島津斉彬

西郷隆盛

大久保利通

坂本竜馬

武市半平太

ジョン万次郎

堀田正睦

水戸斉昭

など。

安政四年(1857)六月、前老中、阿部正弘が亡くなります。明治維新まで約十年。あと何冊楽しめるのかな〜。

明治維新の後 徳川時代の政治家は片っぱしから否定され 阿部正弘も長い間 無能・ビジョンなし・優柔不断・腰抜け 等メチャクチャ言われていたが それは余りに不当な評価であるといえよう ワイド版からずっと付き合って彼はエラかったと思います 

たとえば彼の死後約一カ月経った七月中旬 ハリスの強い要求についに屈した老中堀田正睦が 「ハリス江戸参府やむなしと存ずる」 と発表するや 溜間詰(たまりまづめ)のほぼ全大名がこれに反対 連名で抗議文を堀田正睦に差し出すという珍事が起きている つまりは根回しが甘かったという事である 

まっ先に癇癪を起したのは例によって水戸斉昭である!! 政務参与の役職を辞任 水戸藩邸に引っ込んでしまった この辞表をアッサリ受け取った幕府も幕府であるが それにはそれなりの理由もある 斉昭のこんな行動は年がら年中日常茶飯事であり 「ほとぼりがさめた頃 使いを出せばまたすぐ戻ってくるから」 と つい気楽に考えてしまったのである 

これまでは斉昭がへそを曲げる度に阿部正弘が水戸家を訪ね 三顧の礼を尽くすようにして引き戻していたのである それが今度も来るぐらいに水戸斉昭は考えているが もちろん堀田は来やしないのである 

今や江戸城に阿部なく 水戸藩藤田東湖なく この暴れん坊副将軍を御せる人物はいなくなった…… まさに阿部正弘が死んだその瞬間から 徳川政権に大きな亀裂が走り それはついに修復出来ず幕府の迷走が始まったのである!!」

p.107 第四章 阿部正弘

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の登録冊数は61冊で、そのほとんどが『風雲児たち』です。