教わる事に依存し過ぎない

 今日、遠くから日帰りでお出でになった方も10年以上空手をやっている方で、大変真面目で熱心に練習に通っておられます。

道場の組織の問題や師範の指導法等の問題もあり、モチベーションが下がり気味と云うお悩みもありましたが、良く聞くと確かに指導法に未熟さはあるものの、全く間違っていると云う訳でもない様な。

何十年か前、私が空手を始めた頃やガンガンやっていた時代に行われていた指導法をそのままやっておられる様な感じです。

叱り、怒鳴り、威圧的に高圧的に指導し、自分で考える事、気付く事を促し、限界を越えさせて行く。

今でもそう云う指導をされている道場もありますが、時代も変り、丁寧に説明し、飴とムチをバランス良く使って指導して行くのが現代の指導法になって来ています。

古臭いやり方の道場では、基本的に細かく注意したり教えたりしません。

自分の眠っている隠された力を引き出す為に、徹底して圧力をかけ、追い込みます。

勿論、愛情あっての事であって、憎くてやっている訳ではありません。

そう云うスパルタ方式が一概に間違いと云う事ではなく、時代に合わなくなって来たと云う事です。

道場は、自分で練習し考える場所です。

現代の指導法でも、教わってすぐに出来ると云うものではなく、教わった後、自分で考え工夫して身につけて行きます。

習うだけで終る人は、いつまで経っても上手くなりません。

何を学ぶかはその人次第ですが、自分で追求し研究しようと思わなければ、空手に限らず何でも本当に学ぶと云う事にはなりません。

習っていないから、教わっていないから出来ませんと云う言葉を最近の若い人から聞く事がありますが、自分で探し見つけたものは忘れませんが、教わったり習ったりしたものは忘れる事が良くあります。

習うべき事、教わるべき事は、当然ありますが、そこで終らないで自分で消化して、更に先を自分の力で見つけ出して行く姿勢があってこそ学ぶと云う事なのではないかと思いますね。